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情報とは何か

情報とは何か


情報とは一体何であろうか。改めて論じてみる。日頃から使っている用語だが、はっきりとした定義を理解しないまま使っていることが多いのではなかろうか。情報について論じる前に、情報という用語を定義しておく。


情報とは意味そのものであり、主観的な存在である。差異や区別のことでもある。情報は、デジタル技術で処理できるデータではなく、データを解釈して頭の中で生み出されるものである。


データは、文字、文章、表、画像、動画、コード等で表現される。データは「外部環境からの刺激」のことであり、情報は「受け取る側の内部で生まれる意味」のことを指す。受け取る側で何らかの意味が生まれることにより、何らかの行動が起きるようになる。情報は主観的な存在であるため、“客観的な情報”というものは世の中にはそもそも存在しない。


情報が持つ力


情報には力がある。情報を持つ者は持たざる者に対して優位となり、持つ者は持たざる者をコントロールして主導権を握ることが可能になる。


専門分野においては、より多くの専門知識を持つ者が優位となる。組織においても、会社内・部門内・担当内の情報に通じている者が優位となり、持っている情報の範囲内でコントロールを効かすことが可能になる。


部門の仕事や担当の仕事を属人化してブラックボックスのように状況を見えなくすることにより、意図的であるかないかに関わらず、内外に対して影響力を行使することができるようになる。高度に専門的な知識が必要なのであれば、なおさらその力は強くなる。


このような状態を“情報の非対称性”と言う。“情報の非対称性”が生まれると、情報を持つ者は必要な努力を怠ったり、特定の部門や個人の利益を図ったり、不正を働いたりする温床が生まれる。戦略を実行する上で、もしくは全社的な構造改革を行う上で最も大きな障害となる。それだけの秘めたる力を情報は持っている。


情報は世の中の3大要素の1つ


情報は、生命を形作る「物質」「エネルギー」と並ぶ、第3の要素である。情報は、「生命情報」「社会情報」「機械情報」の3つに大別可能である。


機械情報は社会情報に含まれ、社会情報は生命情報に含まれるという関係になっている。別の言い方をすると、生命情報の一部が社会情報になり、社会情報の一部が機械情報になる。


生命である動物や人間、人間の集合体である組織では、動作に必要な情報は内部で生成される。機械やコンピューターでは、動作に必要な情報は設計図面、プログラムコード、動作パラメータ、学習データなどの形で外部から与えられる。


生命情報とは、生きるために数々の選択を行い、行った選択が生存に役立ったときに発生する意味のことである。生命情報はDNAという狭い情報のことではなく、より広義の情報を指している。


例えば、ある食べ物を食べて美味しかったという感情が生まれたとき、そこに意味が生まれ、記憶に刻まれる。そして次回、食べ物を選択するときに同じ食べ物が提示されたとき、「あのとき美味しかったからもう一度食べたい」という感情が生まれ、その行動が選択される。


社会情報とは、生命情報を言葉で記述した内容である。言葉にすることによって、人間社会で情報が流通するようになる。例えば、自分の状況を相手に説明した内容や、何かの事象について研究・発表した論文は社会情報になる。


機械情報とは、情報から記号だけを分離して、記号だけを流通させたものである。記号だけを流通させることにより、時間と空間をまたがって意味内容を伝達することが可能になる。


送り手と受け手が共通の概念を理解していれば、記号だけを送れば意味を伝達することが可能になる。もし、送り手と受け手が異なる概念を持っているとき(たとえば、同じ単語を異なる意味で使っているとき)は、意味は正確に伝わらない。


機械情報の代表的なものとしては、動物の足跡、ジェスチャー、数字、文字、暗号、印鑑、地図、化学の周期表、数式、スポーツにおける判定やスコア、紋章、ブランド、ドレスコード、楽譜などがある。


機械情報とデータとの違いは、意味が伝わっていると仮定するかしないかである。機械情報と言った場合、意味も同時に伝わっていることを暗示している。データと言った場合、意味の伝達は必ずしも暗示しておらず、記号の扱いに力点が置かれている。


環世界


この世界はたった1つであると思いがちですが、実はそうではない。


生物の種によって認識が異なるため、多くの独自の世界が存在している。微生物は人間の肉眼では見ることのできないミクロな世界で暮らしており、ミクロの世界の中で起きる変化は人間にとっては重要ではないが微生物にとっては重要である。


また、イルカは超音波を発して跳ね返ってくる反射波を通じて物体の大きさや形状を把握している。人間にとって超音波は聞き取ることができず、聞き取れたとしても無意味な内容であるが、イルカにとっては重要な情報となる。イルカは、超音波の反射波による世界を自らの内部に構築している。


そのような種独自の世界のことを“環世界”と呼びます。

環世界ではそれぞれ異なる情報が重要な意味を持つことになる。


環世界は人間の世界にも当てはまる。


株式を保有していない人にとっては上下する株価の情報は無意味な内容であるが、株式トレーダーにとっては重要な情報である。


西暦1998年の時点で手のひらに載る小型のHDD(ディスク記憶装置)の研究開発情報は大半の人にとっては無意味であるが、携帯型の音楽プレーヤーを開発して音楽業界に革命を起こそうとしている人にとっては極めて重要な情報となる。同じ情報を受け取ったとしても、それぞれ反応が異なる。


情報は意味そのものであり、情報を受け取る側の環世界によって意味づけがなされる。したがって、情報を受け取る側の行動を予測したり誘導したりする場合、受け取る側の環世界を理解しているかどうかが大きな分岐点となる。


情報理論との解釈の違い


現代のコンピュータやネットワークの発展の基礎となった理論に、シャノンの情報理論がある。熱力学のエントロピー(無秩序の度合い、乱雑さ)の概念を情報に対して適用した内容である。シャノンは情報のことを“知識・認識の曖昧さを減少させるもの”という定義で使用している。


ある事象が起きる可能性がn通りあるとき、その曖昧さをlognと表現する。

対数logを使用して表現する理由は、掛け算を足し算に変換するためである。


どういうことかというと、m通りの事象1、n通りの事象2があったとき、事象1と事象2の起こりうる組み合わせはmn通りになる。ここで対数を使用すると、事象1と事象2の組合せの曖昧さ(mn)=事象1の曖昧さ(m)+事象2の曖昧さ(n)と表現できる。つまり、対数を使用することで、logmn=logm+logn、という等式が成立する。


ある事象が起きる可能性がn通りあるとき、各事象(1つ1つの事象)が起きる確率pはp=1/nで表すことができ、logn=log(1/p)=log(p^-1)=-logpとなる。


上記は、各事象の起きる確率がどれも同じであるという仮定を置いているが、もし各事象が異なる発生確率を持つ場合(つまり、事象1はp1、事象2はp2の発生確率である場合)、H=p1*(-logp1)+ p2*(-logp2)+…=-Σplogpで表現することが可能である。このHのことを情報エントロピー(情報の曖昧さ)と呼ぶ。


YES/NOの二択問題が1つあったとき、情報エントロピーはH=log2=log(2^1)=1となる(logの底は2とする)。この値のことをビットと呼ぶ。四択問題が1つあったときは、情報エントロピーH=log4=log(2^2)=2log2=2*1=2となる。


対象についての新たな情報が得られたときに、つまり情報エントロピーがH1からH2へ変化したとき、H1とH2の差分を“情報量”と言う。


情報が多く得られれば得られるほど、情報エントロピー(曖昧さ)は下がって秩序が生まれる(不確実性が下がる)というのが情報理論のコンセプトである。


トランプのゲームを例にすると、表になったカードが多ければ多いほど(公開されたカードの情報が増えれば増えるほど)、情報エントロピー(曖昧さ)は下がり、まだ裏になっているカードを予測しやすくなる(秩序が生まれる)、ということになる。


3大要素の1つである物質の世界は、何もしなければエントロピーが増大して、やがては周りの環境と同一になる。様々な物質やその物質によって構成されたものはやがては朽ち果ててバラバラとなり、環境と同一になる(無秩序になる)、というのが自然界における“エントロピー増大の法則”である。


その法則を情報の世界にも適用したのが情報エントロピーである。対象に関する情報が何もない場合は情報エントロピーの値は最大になり、対象に関する全ての情報が得られた場合は情報エントロピーの値はゼロになる。つまり、「秩序が生まれた(不確かさはなくなった)」ということになる。


しかし、情報の世界は物質の世界とは異なり、意味によって支配されている。

1つの物質はどの対象から見ても同じ1つの物質であるが、1つの情報は受け手それぞれの環世界によって複数の意味が存在している。


現在のインターネットは日々更新されて情報が増加しているが、エントロピーは下がっていると言えるだろうか。そもそも、秩序とは、誰にとっての、何を基準にした秩序(確かさ)なのであろうか。


ある人にとっては、子供用おむつは日用品コーナー、バナナは青果コーナーに置かれているのが秩序である。一緒に買うことが多い人にとっては、隣り同士に置かれているのが秩序かもしれない。


ショッピングモールのフードコートにコーヒーショップがあるほうが便利でよいと思う人もいれば、落ち着いてゆっくり飲みたい人は別の場所にあったほうがよいと思うかもしれない。


何をもって秩序とするかは、その人が持つ概念によって変わる。情報の世界では、持っている情報が増えたとしても、不確かさが下がるとは言い切れない。


したがって、情報理論のコンセプトである“情報が増えると秩序が生まれる”という現象は、現実の世界では成立しないということになる。情報理論が成立するのは、あくまで“記号”を扱うデータの世界のみである。ただの記号であれば、人によって意味の差異はないためである。

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