
5
.
孫子に関する一考察
孫子には「戦わずして勝つ」という最も有名な一節がありますが、字面通りに受け取るには注意が必要です。謀略や企業買収によって相手との戦いを避けられるのであれば、それに越したことはありません。しかし、それができる機会は、残念ながら現実にはそう多くはないと言えます。
それよりも「戦いをする前の段階で勝敗はすでに決していて、勝算が多いほど勝ち、勝算が少ないほど負ける。戦いをする前に、勝てる材料を相手よりどれだけ多く揃えられるかが肝であり、あらゆる手を打って準備しなければならない」というように解釈したほうが現実に適うように感じます。
孫子はどのようなときでも現実に適用してうまくいく完全無欠の方法論ではありません。追加で考慮すべき点が3つ存在しています。
① 定石であるため打ち手を相手に読まれやすくなる(将棋の定石と同じ)
② 戦いを起こすまでに時間がかかり過ぎて時機(タイミング)を逸する
③ 戦えば負けることがわかっていても戦いを避けずに“武威”を示すべきときがある
上記①に関しては、合理的に突き詰めて考えるがゆえに、一定のレベルに達した人であれば誰が考えても同じような打ち手の結論に辿りつく傾向があるということです。騙し合いの要素が強い競争では相手側に逆手に取られる可能性も生じます。
一方で、発想に飛躍がある打ち手は相手側に悟られにくく、裏をかける可能性が高くなります。戦略は事前に大まかに設定しておき、実際の現場で具体的な勝機を見出して変幻自在の一連の行動をとる、という方法がそれに相当します。上杉謙信やアレクサンドロス3世のような天才肌の人がそれに該当します。孫子に忠実な合理的思考の武田信玄が天才肌の上杉謙信との戦いには苦手意識を感じていたのもそのような理由からです。
上記②は、武田信玄と織田信長の違いに顕著に表れています。信玄はどのような相手に対しても慎重に事を進めるため、万事抜かりなく実現できる一方、時間を使い過ぎる嫌いがあります。自国の周辺を平定するのに数十年の時を使ってしまい、大目標である「京都に上洛して天下に号令する」ことは達成できずに終わりました。
それに対して信長は、互角以上の実力の相手には苦戦するものの、格下相手には物量で圧倒して一瞬で倒してしまうという特徴があります。比較的負けるリスクがあったとしても時間を最優先にして行動し、万が一負けたとしても圧倒的な経済力で再度体制を立て直すことができました。そのため、いち早く「京都に上洛して天下に号令する」ことに成功しました。
上記③は、徳川家康の天下取りのターニングポイントとなった、武田信玄との戦いや豊臣秀吉との戦いで顕著に表れています。どちらの戦いでも、当初から家康に勝算はありませんでした。国力は数倍以上の開きがあり、他国からの助力も期待できない状況であったためです。
しかし、「自分を信じて一緒に戦ってくれている同盟相手・家臣・地元領主たちがおり、自分だけ安全な場所にとどまって見捨てることなどできない、一戦交えて相手に一撃を加えたい」という思いで出撃しました。
信玄との戦いの結果は惨敗、秀吉との戦いの結果は戦闘上の勝利と政治上の敗北でしたが、「強い相手にも臆せずに堂々と戦える人」という揺るぎない名声を獲得しました。そのときに得た名声が後の天下取りにつながっていくのです。
ビジネスでも、どう見ても負ける(あるいは炎上する)しかない事態に直面することがあります。そのようなとき、自分だけ安全な場所に隠れてしまうと周囲からの信頼を失い、再起不能になります。
しかし、負けることがわかっていても、その場に踏みとどまって果敢に取り組むことにより、成功はありませんが周囲からの信頼が得られ、次につながることがあります。勝利や敗北、成功や失敗にこだわるのは大事なことですが、武威を示すことのほうがより大きな価値を生む場合が世の中には存在します。